「兄上。人間を悪魔落ちさせるにはどうしたらいいのでしょう?」
さりげなく呟かれた言葉は、世間話をするように淡々とした口調だった。アマイモンはポテトチップスの袋を抱えて、緩慢に中身を口に運んびながらカーペットに座り込んでいた。食べかすがついた指先をぺろりとなめて、一度その手を止めると虚空に視線を向けて続けた。
「あの娘を、ボクは悪魔にしてみたい」
あの娘――と言われて、メフィストの脳裏に思いついたのは一人だけだった。ひまわりを思わせる金髪の、祓魔師候補生の少女。
「杜山しえみ。彼女を、か?」
「はい」
ふむ。と手を顎に当てて言い出した弟をメフィストは眺めた。感情の乏しい顔にはやはりその心は読みとれない。
別にわざわざ自分に相談するようなことではないようにメフィストは思っていた。飽きるほど長い年月を過ごしてきた弟もメフィストもまた悪魔に関わり悪魔落ちしてきた人間をごまんと見てきている。自身が直接手を下したことは滅多にないとしても、眷属が手引をした例はいくらでもあるのだ。手法を知らない訳でもない。
が、相手が祓魔師となると話は違ってくる。
「人間というものがボクにはよくわからないので。物質界に長くおられる兄上なら良い方法を知っておられるかと」
「どうしてまた?」
尋ねると首を傾げて、一度だけうなった。わずかな間の後、視線を兄に向けた。
「ダメでしょうか?」
帰ってきた答えは質問には答えていない。その様子が無意識に考えることを拒んだように見えて、メフィストはため息をついた。
「興味本位ならやめておきなさい」
「……そうですか」
それだけを言うと止めていた手を動かして、ポテトチップスを口元に運びアマイモンは再び黙り込んだ。その表情はやはり無表情で、どのような感情も読みとれなかった。
杜山しえみは、地の王アマイモンの眷属である緑男の幼生の手騎士だ。手騎士になれるものは祓魔師の中でも希少な存在で天性の才能がなければならず、その条件は未だ解明されていない。相性の善し悪しもあるだろうし、精神的にも強じんであることが必要だ。そして、何より重要なことは――。
――悪魔に魅入られる人間でなくてはならない。
先日訪ねてきたアマイモンが何気なく呟いた一言。午後のティータイムにそれをメフィストは思い返していた。
少なからずくだんの一件でアマイモンはしえみに僅かな興味を抱いたようだった。おそらくは奥村燐に対してのとは全く別種の興味を。それだけにその興味対象への感情もまだ乏しく、またその理由も明確に本人自身把握しているのではない。
『悪魔にしてみたい』と言ったアマイモンの一言が、メフィストからみて実に印象的だった。彼が『人間』に興味を持つのは非常に珍しい。その点をふまえるとしえみは手騎士の条件を十分満たしているのだろう。眷属だけではなく王にも多少なり興味を持たれたのだから。それが幸運か不運か、現在の時点では誰にもわからないが。
「まぁ、私としては」
自分以外に誰もいない理事長室で、誰にという訳でもなく、メフィストはティーカップを持ち上げ。
「面白ければそれでいいんですけれどね」
呟いて、それはもう楽しげにロイヤルミルクティーに口付けていた。
アマしえ一作目。この時はまだ原作(特に4巻)読んでなかった(汗)