その後お元気ですか


 虚無界のどこかはわからないが、花畑と思しき場所で土いじりを一緒に楽しんでいる写真だった。

 写真を取られることが恥ずかしいのか、アマイモンの隣で金髪の着物を着た娘がはにかんでいた。足元にはアマイモンのペットであるベヒモスが気持ちよさそうに眠っている。となると、写真を取っているのは他の使い魔だろうか。良く見ると、娘の肩には昔もよくいたように緑男の幼生がちょこんと乗って、カメラに向かって気前よく手を挙げていた。

 

 大理石で作られた広大な神殿のような空間。なぜ天井がここまでの高さを必要とするのか、そういった疑問を呈するほどの高い天井を太い石の柱が支えている。
  足を踏み入れれば、かつり、と乾いた音が響いた。入り口から姿を現した来訪者の姿を認めて、ここの主はわずかにだけ目を見開いた。

「兄上がこちらにいらっしゃるなんて珍しい。どうされたのですか?」
「少し気になることがあってな……」

 とメフィストは入って早々辺りを見回した。室内に入った時に感じたのと同じように、この広間には広大な空間の奥に用意された玉座に座しているアマイモン以外誰もいなかった。
  歩を自分へと進める来訪者にアマイモンも立ち上がり同じ高さへと降り立った。彼は手を振ると、空間にゴシック調のテーブルとイスを用意されていた。
  しかし、席に着くこともなくメフィストは本題を切り出した。

「……この前の写真に写っていた娘はどこにいる?」
「しえみですか。しえみなら、庭にいますよ」

 しえみ。と。続けられた言葉にイヤな予感が的中したとばかりにメフィストはため息をついて、天を仰いだ。

「勘違いなら良かったのに……」

 先日、虚無界の様子を写メで送らせたら見覚えのある人影がその中に映っていた。先日他界したばかりの人物が若かった頃にそっくりな人影が、である。今生の別れを誰彼もが惜しみ、メフィストもまた黙祷を捧げていた。その人物が――。

「どうして彼女がここにいるんだ!?」

 その写真を見た後は、アマイモンに確認する前にすぐさま彼女の血縁者に行方不明者がいないことをメフィストは確認した。全員の無事を確認した後は、その写真をよこしたアマイモンに聞くしかない。「どうしてそうなった!?」と。

――まさか本人とは思いもしなかったが。いや、思いたくなかっただけか…。

 胸中でメフィストはため息をついた。そんな兄の様子に気を止めることもなく、兄の質問に弟は淡々と答えた。

「どうも当初の口約束が有効だったみたいで、この前虚無界で拾ったんです。せっかくなので一緒に過ごしています」

 口約束、と言われてずいぶん昔のことだがメフィストには思い当たる節があった。そう言えば、燐をけしかけるのに何かを言っていた、とは覚えている。詳しいことはよく聞こえていなかった為、どういった口約束なのかも契約なのかもメフィストは知らない。知らない、が――。

――あれで契約が成立していたのか。

 少なくともあの時杜山しえみは悪魔に操られていたため意識がなかった。相手の意志を介在しないオフザケのような口約束だとしても、流石は地の王。契約は施行され、娘の魂は虚無界へと落ちてきた、らしい。
  これまでの会話の内容からでは時期まではわからない。最低限、他界後だとは推測できるが。

「このことを奥村燐は知っているのか?」

 ため息混じりにメフィストが呟いた言葉。その言葉に、一瞬だけ弟の動きが止まったことにメフィストはすぐ気づいた。

「どうしてそこで奥村燐の名前が出てくるんですか」
「どうしてって――。あの娘が奥村燐に嫁いだことはお前も知っているだろう」
「生前の話です」

 ピシャリと、即座に有無言わせない答えが帰ってきた。

――これは……。

 言葉だけでなく、心なしか空気がぴりりと張りつめたような気さえ、メフィストにはした。本人が気づいているのかはわからないが、明らかにアマイモンの機嫌は悪くなっていた。口調が元々淡々としているのに加えて、若干、それこそほんの少しだけ早口になっている。
  こんな状態の時のアマイモンが次にどんな行動を起こすのか予測はできない。長年の経験で身にしみ、時にはろくでもない目に遭ったこともあるメフィストは慎重に言葉を探した。

「本人はその、どうなんだ? 奥村について何か言ってはいないのか?」
「何も言っていませんよ」

 嘘をついたことのない弟の言葉に、メフィストは違和感を感じた。嘘の有無についてではない。人間に限らず多くの生き物は血縁者を頼る。まして愛情深いしえみなら、たとえ死んだとしても親族を省みないことはないはずだった。

「そう、なのか?」

 いつになく頼りない自分の声を、情けなく思いながら。

「ええ」

 淡々とした弟の返事にメフィストは眉をひそめていた。

 

 

 その後、案内された庭の先でメフィストは、生前の、それこそ十代に若返った女性を前にしていた。

「初めまして。アマイモンのお客様ですか?」

 笑顔で迎えられたのに、メフィストは表情が引きつっていた。その隣で思い出したように、あ。とアマイモンが呟いた。

「ご覧の通り、生前の記憶は失っています。言い忘れてました」
「アマイモン……。そーゆーことは先に言いなさい!」
「はい。スミマセン。気をつけます」

 本当にわかっているのか分からないアマイモンの返事に、メフィストは頭が痛くなるのを感じていた。












-----アトガキ-----

燐の名前を出されて拗ねるアマイモンを書いてみたかったんです。