緊急の電話が入ってきて、一通り話を聞いた後カリーナから漏れたのはため息だった。
――もしこんな話で友達との時間つぶされていたなら本当に切れるわよ。
「そーゆー仕事は受けないスタンスだって話じゃなかったんですか」
自然と口調はきつめになる。電話の先で雇い主がカリーナの言葉に気まずそうな表情をして視線を反らすのを、画面越しにカリーナは眺めていた。
電話の内容は子供向けのヒーローショー依頼。テレビに映るわけでもなければ、歌を歌うこともない。街のそこそこ大きい遊園地の一角で行われるショーにヒーローとして参加してくれという依頼だった。
もともとこんな感じの依頼が以前になかった訳じゃない。けれども、テレビに映るわけでもなければ、自分の歌を披露する場面でもないヒーローショーにカリーナが魅力を感じられる訳もなく、カリーナはよほどスポンサーの強い依頼――という名の圧力がない限りは断っていた。
当然のように、強い口調で電話越しの雇い主に詰問する。ヒーローとして、といつも小うるさい雇い主も、カリーナのこういった反応は予想していたらしく、電話越しに苦渋を含めた声で答えてきた。
「それはわかっているんだけれどね……。今回はアポロンメディア社の依頼もあるんだ。一応最後まで話を聞いて判断してくれないかな?」
――いつになく下出。というとはかなり今回も圧力がかかっているのかも。
慎重な話し出しにカリーナはそう判断した。ただ、雇い主のそういった話し方よりも、その話した内容にカリーナは気になることがあった。
「アポロンメディア?」
オウム返しにその気になった部分をカリーナは口にした。
カリーナも知っているワイルド・タイガーとバーナビー・ブルックスが所属している会社で、ヒーローTV内で競い合うライバル会社でもある。一通りヒーローの所属している会社を確認したことがあるから、それは確かなはずだった。
――聞き間違えじゃないなら、確かに『依頼』って言ったわよね。
首を傾げながらカリーナは自問自答した。どうしてそんなところから依頼がくるのか。ヒーローショーを他のライバル会社と提携するなら、こんな話が舞い込む 以前に提携契約やら何らかの打ち合わせがあるのが普通だ。しかも、今回の場合、向こうの会社はヒーロー事業に新参の会社である上に、カリーナが契約してい るタイタンインダストリーと仲がいいという訳でもない。
「当然、疑問に思うだろうね」
「思わない方がおかしいでしょ。だってそこって、ワイルド・タイガーと、バーナビー・ブルックスJrが所属しているじゃない。二人もいるんだから、私にどうして話が来るのよ」
以前にも嫌々ながらヒーローショーをやったことがあったが、記憶上そんなに会場は広くない。しかも、比較的大柄の二人がヒーロー役でいるなら三人目となると動く邪魔にしかならないだろう。
大体、会社が主体になってヒーローショーを請け負うのだ。他社のヒーローが出ていくのはどう考えてもおかしい。
「それがどうも急遽バーナビーが来れなくなったらしいんだ」
「え?」
――あのヒーローの鬼が?
外面だけは非常に良い新人を思いだして、カリーナは首を傾げた。カメラが回っている間や、ヒーローとして他人に接する時はやたら愛想が良かったハンサムを カリーナは脳裏に描いていた。子供が好きか嫌いかの個人的な嗜好はわからないが、この話の流れ上、少なくとも彼が受けた仕事なのに、彼と連絡が取れなく なった。ということらしい。
――全く、何やってんだか。
自分も少し前には同じようにヒーローの仕事をすっぽかそうとし た。そのことを棚に上げて、カリーナは嘆息をついた。同時に、その相方の髭面の男を脳裏に思い描いていた。困っているか、憤慨しているか、連絡が取れない らしいバーナビーを心配しているか。カリーナはなんとなく一番最後のが虎徹らしい気がした。
「それで明後日のヒーローショーにはワイル ド・タイガーしか出られない。ヒーローが二人で来るって契約だから、こうしてアポロンメディア社も単独のヒーローに協力を仰いでいるらしいんだ。君なら子 供たちにも人気があるし、できるなら代役をしてほしいという正式な協力依頼だよ」
また引っかかる言葉が出てきたと、カリーナは思わず額に手を当てた。
「代役ってことは……」
「まぁワイルド・タイガーのパートナーということになるかな。ショーの中ではいつもの彼らと同じようにバーディを組んでもらうことになる」
「えっと、私と、こ……た、タイガーが?」
――あっぶない。思わず名前言いそうになっちゃった。
オフの時でも話すことが多くなったせいか、最近では名前で呼ぶことがカリーナの中で多くなっていた。自宅で私服で過ごしていたせいだと、ちょっぴり冷や汗をかきつつオンとオフの切り替えに失敗した理由をカリーナは結論づけた。カリーナの心臓が少しだけ早鐘をうっていた。
もっとも、そんなカリーナの動揺は向こうに伝わらなかったらしい。
「そうなるな」
カリーナの脳裏にその姿を想像してみようとしてみた。けれども、はっきりと映像は浮かばない。
「返事は今すぐ、ですよね」
ヒーローになると決めた時からずっと一人で戦うものだと、ずっと思っていた。他社のヒーローたちはみんな競争相手。実際、同じ会社に所属して、バーディを 組んでいるタイガーとバーナビーもポイントはあくまで個別に取得している。要は協力して犯人を捕まえたとしても、その先はポイントの取り合いになる訳だ。 ただし、それは両方がポイントに執着している場合に成立する。幸か不幸か虎徹はポイントに興味がないヒーローだった。
それをふまえてもう一度カリーナは想像してみた。やっぱり隣で戦っている姿はまだ想像できない。けれども、仕事が終わった後に、虎徹が手を差し伸べて「おつかれ」と笑顔を向けてくることだけは想像できた。
――って何考えているのよ、わたし!?
想像を追い払うようにカリーナは頭を振った。
「ああ。それと、あっちも無茶な依頼だと承知しているらしいよ」
「……わかりました。その依頼、受けます」
「そうかそうか。そうだよな。受けないと思っていたよ……」
「受けます」
二度目ははっきりと、口調を強めてカリーナは伝えた。それが、今度こそちゃんと伝わったのか電話越しの相手は沈黙していた。
「……う、受けてくれるのか!? いやー、よかったよかった!」
――何よその反応。
大方カリーナが断ると思っていたのだろう。というか、最初の反応でそんなことだとはすぐにわかった。そもそも断られる前提で電話は来ていたのか、とカリー ナはあきれた。向こうは社交辞令としてライバル会社の要望を一応は聞いておく――そしてヒーローに頼んだら断られた。それならば仕方がないと体裁を整える つもりだったのかと思うと、つくづくこのヒーローという職業がビジネス絡みだということをカリーナは実感させられてため息をついた。
その後は打 ち合わせの時間を聞いて電話を切った。リングを机の上に置いて、スケジュール帳を確認すると何も予定が入っていないことにほっとする。最初の契約でヒー ローの仕事を全てにおいて優先させることを約束しているだけに、予定が入っていたら断りを入れないといけない。誰かとの予定を断ることが嫌いなのに、スケ ジュールも確認せず、カリーナは仕事を引き受けてしまった。それも、そんなに重要度が高く無さそうな仕事で。
――……なんで受けちゃったんだろ。
自問自答しつつも、カリーナにはいくらでも理由があった。
この前のカリーナがヒーローについて悩んでいた時に頼んでもいないのに心配して来てくれたこととか、そのおかげでヒーローを続けることに気負いやしこりが なくなったことの礼だとか、歌を聴いてくれてチップをくれたからそのお返しだとか、バーナビーのプレゼント探しであまり力になれなかったから今度は別の所 で力になろうとか……。
――その理由の中に少しだけ一度でも良いからバーディをタイガーと組んでみたいなんて……。
そんな動機を認めたくなくて、いつの間にか火照っていた顔を枕に押しつけてカリーナはベッドに身を投げ出した。