かざみどり ――1――


「……は」
「離れてくれ、白龍」

 隙を見て、あいつが持っていた懐刀を手にできたのは運が良かった。その刀を、俺を押し倒そうとしていた白龍の目の前に突き付けた。ぴたりと、白龍の動きが止まる。

「その刀で、俺を殺しますか?」

 手にした刀はみっともなく震えていた。怖くはなかった。ただ熱っぽい身体のせいで手に力がうまく入らない。少しでも気を抜くと取り落としそうだった。

「下がれ、白龍」

 もう一度、と言葉を紡いだ。けれども、白龍は動かない。俺を真っ直ぐ見据えている。

「あなたになら――殺されてもいいかもしれない」

――何を、言っているんだ。

「心の臓でも、首でもいいですよ。お好きな方を刺したらどうですか?」

 俺が持っている刃に白龍は自分の首を押し当ててきた。少しでも手を狂わせれば白龍が言った通りになるだろう。
  カタカタと刃先が震えている。これは紛れもなく恐怖だった。
  白龍の命を自分が奪う、ことが怖い。でも、それ以上に自分が死ぬことなどどうでも良さそうに口にする白龍が怖かった。

「やめ、てくれ。俺はこんなことしたくない。お前とこんなことをしたくないんだよっ!」
「でも、俺はあなたが欲しいんですよ」

 白龍が前のめりになった瞬間――白龍の首に刃が食い込みそうになった瞬間、俺は手放していた。

「……あ」

 懐刀が手からこぼれおちて、服の上にポスっと落ちる。それを認めて、白龍は笑った。右手でその刀を手に取り、震える俺の頬に義手の手で触れる。木の感触が俺の頬を撫でていく。
  いつの間にか流れていた俺の涙をぬぐって、熱っぽく白龍は俺を眺めていた。

「アリババ殿」
「い、やだ。……やめ、やめてくれ。はく、りゅ」
「アリババ殿」

 肩を押されて、仰向けに体が倒れた。首を横に振っても、白龍はとても嬉しそうに笑っている。

「っ!」

 首筋に走った痛みに体がすくんだ。ゆっくりと、視線を痛みのあった方に向ければ、さっきまで俺が手にしていた懐刀がベッドに突き刺さっていた。すぐにそれは白龍の懐にしまわれる。

「ああ、すみません。つい」

 血が流れてしまいましたね。と言って、白龍が顔を埋めてきた。痛みがあった場所にかかる生温かい息と、傷口をなぞるぬるりとした感触が恐ろしくて、身体が動かない。

「甘い、です」

 顔を上げた白龍の唇は、紅を塗ったように赤く染まっていた。