自分がマギであり、ルフの流れが見えることにこれほど苛立ったことは今までなかったんじゃないかと思う。
――ちっ。うるせー。
自分の周りにとぶルフはほとんどが例外なく黒いルフだ。白いルフが混じることはまずないし、別にそのことに苛立つことは無い。黒いルフが多いほど気分が良いし、体の調子も良いからだ。そう。それは問題ない。
問題なのは、最近その黒いルフの中に、別の色のルフが混ざるようになったことだ。
最初見つけた時は、自分のルフとは思わなかった。どこからか勝手にくっついてきてまとわりついているのだろうと、目障りだったからその桃色のルフは手に捕まえて黒く染めた。もう目にすることもないだろうと、思っていたのにその色を見たのは、その数日後だ。
黒く染める。
気付いたら混じっている。
黒く染める。
混じる。
黒く染める。
どこからかまた混じる。
何度か繰り返した後に、もう面倒になって、放っておくことにした。幸い、黒い中にある時は目立たない色だし、いつも姿を現す訳じゃない。
ただ、目障りなだけだ。
俺のルフに変なもんが混じるようになったのは、一カ月くらい前からだという自覚はある。多分、アレから、なんだろ。
一か月前、俺はあることをふと思い出して一人ふらりと煌帝国を抜け出した。
アリババのことだ。あの女を抱いてから随分と時間が経っていた。
本当ならあの後に、他にもちょっかいやら様子見をしに行きたかったんだが、どうも迷宮生物を勝手に使い潰したのが悪かったらしい。ファナリスとの戦闘で俺の知らない所で街を色々と破壊したらしく、しかも迷宮生物が傍から見て煌帝国のものだとわかるようになっていたらしく、損害の苦情やらが全部国に対して来たらしい。
絶対ファナリスの野郎も街を壊しているに違いねえのに、一方的にこっちが悪いってことになってんだぜ。まぁ、実際けしかけたのはこっちだけどよ。
それだけの犠牲を払ったにも関わらず、俺的には退屈潰しというすっげーメリットがあったんだが、煌帝国側には何のメリットもなかった。風評被害と煌帝国に対するその街の連中の印象悪化というデメリットは多大にあったが。という話になった訳で、俺にもそれなりに責任を取らされる結果になった。
そいつは俺の他国への移動を当分の間禁ずる。というものだった。期間は未定だ。
組織としては、今は動く気はないんだろう。そのついでに、今は俺にも動いて欲しくないときている。その上での命令かと思うと、さすがにげんなりした。ようするに俺はその退屈潰しで、ついでに俺の自由も制限されたってことだったから。
といっても、何もしないで謹慎ってことにはならなかった。逆に仕事を詰め込まれた。
神官つっても大した仕事ねーはずなのによ。皇帝への謁見だって、玉艶がその座に就いたならわざわざ俺がいく必要なんかねーはずなのによ。
そういった仕事が一段落したのが、一か月前。謹慎受ける羽目になった事件を思い返したのもその時期だった。
――誰だって自分がやったことの結果ってのは、気になるもんだろ?
国境近くに遊びに行く振りをして、間者に聞いておいたアイツらが今いる場所に赴いた。偶然、そいつらも煌帝国の国境近くの国を移動していたのは、幸運だろう。いつの間にかチビマギも合流したらしい。目的地は不明だが、マグノシュタットとレームの戦争にも介入したらしいし、話題には相変わらず事欠かないようだった。
――面倒だな。
チビマギがいるつーことは、だ。あまり近づき過ぎるとルフの流れで、俺が近くにいることを勘付かれる恐れがあるってことだ。今回はあくまで確認しかするつもりはないから、見つかると面倒だ。一戦もせずに離れられるかはかなり怪しい。
しばらく遠くから魔法道具使って、様子をうかがって、近づくタイミングを狙うのはわりと面倒だった。一度、何かの用事でチビマギが離れた時に、さっさと俺は用事を済ませることにした。
結論から言えば、アリババは孕んじゃいなかった。
――つまんねー。
面白くない。
そう、面白くなかった。
連れのファナリスの周囲には相変わらず桃色のルフが混じっていることも、そのファナリスにアリババが笑顔を向けていることも、気に食わなかった。
それに、アリババのルフは真っ白なままだった。あれだけ強姦されりゃ多少なりルフに影響が出るかと思ったが、その逆だ。白さの中に、濁りは一つも見られない。それが一番気に食わなかった。俺があいつを抱いたことが、何もあいつの中に残らなかったと、見せつけられているようで。
――なんだ? すっげーむしゃくしゃする。
アリババは壊れなかった。壊せなかった。
連れのファナリスだって俺と同じようなことをしたくせに、アリババは今そいつに笑いかけている。理解が出来ない。
また苦しませてみるか? 今度は、どこかに監禁して、本当に孕むまで犯し続ければ、今度こそこいつのルフは黒く染まるのか?
けれども、何をされてもアリババのルフは濁りも黒くもならない。
そんな確信に近い予感が何故か胸を締めていた。どうして俺がそんな風に感じたのかはわからない。ただ視線の先にあるアリババの笑顔と、その周りの真っ白なルフを見ていると、何故かそう思わずにはいられなかった。
――どうすればコイツを――。いや、コイツの中に俺を刻める?
気付いたら、遠くにいるアリババに向かって俺は手を伸ばしかけていた。
その手に気付いて、慌てて手を戻した。伸ばした手と、その時に湧いていた感情が理解できず首を左右に振った。
――違うだろっ! 俺はそんなんじゃねーだろ……。今、何を考えていた……?
考えを振り払うように頭を振って、俺はその場から逃げるように去っていった。
それからだ。
俺のルフに妙な色が混じるようになったのは。