ゆめとうつつと ――6B――


「……ィァ……じゅ、だるぅ……ィゃぁ……」

 揺さぶられ快楽に身を落としながら、うわごとのように何度も俺の名前を呼ぶアリババ。
 最初に呼び始めた理由ももう意識にはないだろう。
 情欲に淀む瞳は俺を映しちゃいない。それでも、繰り返し俺の名を呼び続けているコイツは、抱いているのは俺だとコイツ自身が認めているようで聞いていて気持ちが良かった。

「……アリババ」

 答えるように名前を呼べば無意識なのかアリババの腰が揺らめいて、俺を求める。

 互いに名前を呼び合うそれは、恋人達の交じわいに似ていなくもなかった。

 

 

 ピシリと、棚の上に置いてあった石にヒビが入る。

――そろそろ本当の時間切れだな。

 すっかり意識のないアリババから自身を引き抜く。
 アリババの白い内股には、中に入りきらない白濁で溢れかえっていた。
 何度出したか、コイツも何度イったのかはわからない。コイツは気を失ってからも、体だけは俺を求め続けていたのだから。

――本当にイイ身体してるぜ。

 汚れた自身を布の切れ端でぬぐって、身を整えた。
 気だるさを感じながら、近くの椅子に腰を下して顔を上げる。
 もちろん、アリババはそのままだ。穢れ、気を失ったまま、無防備な裸体をベッドの上に投げ出している。
 その姿は扇情的で、艶めいていた。見ているだけで、もう一度犯したいという情欲が湧いてきそうになる。もう遊ぶ時間はないのに。

――こいつを連れのファナリスが見たらどう思うんだろーな。

 いや、こいつを大切にしているチビマギでも、バカ殿でもいい。
 やりきれない怒りや憎しみを持って、俺に全力で向かってくるだろう。そう思うと、それはすごく楽しみだった。

 ピシリ。

 部屋の壁にヒビが入る音が聞こえた、と思ったら間髪入れず壁が音を立てて砕け散った。
 入り口から入ってこない侵入者に俺は口角が上がるのを感じていた。






 椅子からゆっくりと立ち上がって俺は侵入者を出迎えていた。

「遅かったな」

 侵入者を見やりつつ、棚の上に置かれた石を見た。先程ヒビが入っていた石は完全に粉々に砕けている。
 棚の上に薬と一緒に用意していた三つの丸い球。それはちょうど、俺が用意した使い捨ての迷宮生物と同じ数だった。迷宮生物の命が尽きると、玉も砕けるように呪術を施していた。今はその三つとも元の原型をとどめていない。けれども、時間稼ぎとしての役目は十分に果たしていた。

 暗くてよくは見えないが、侵入者は全身傷だらけだった。眷属器も使えないのだから仕方がないだろう。
 それでも用意した弱くもない迷宮生物を全て倒してしまうのだから、やはりファナリスは侮れない。

 自身の傷など省みていないのか、それともまだまだ元気なのか、ファナリスの眼光が鋭く俺を貫いてくる。
 何も言葉を発さず、前触れも見せず、そいつは突っ込んできた。
 自発的に発動する防護壁がなけりゃ、反応するのも難しい速さだ。

「昨日はお前も愉しんだんだろ? そんなに怒んなよ」
「――っ!」

 軽口を叩けば、近くにあるファナリスの顔が怒りに歪む。
 けれども、どんなに必死になったって無意味だ。眷属器も持たない人間に、ファナリスと言えど、マギの防護壁は破れない。
 風魔法で壁に叩きつければ、幾分かは静かになった。

「黒髪なら俺、赤髪ならお前」

 崩れ落ちているファナリスを尻目にゆっくりと俺はベッドに近づいた。気を失ったままのアリババが横たわるベッドに。

「金髪なら、どっちかわかんねぇなぁ?」

 無防備にさらけ出されているなめらかな肌に指を滑らす。腹に触れて、丸く円を描いた。
 本当にアリババが孕んだら、それこそ面白いだろう。その時に、アリババが、コイツが、どんな顔をするのか見てみたい。

「その人に……、触れるなぁあああっ!!!」

 反省もなくファナリスが床を蹴る。
 こうゆう所は主も眷属も良く似ている。バルバッドでアリババと対峙したときを思い出しながら、俺は哂った。
 似ているなら、アリババが苦しめばコイツも苦しむだろう。苦しんで苦しんで苦しみ抜いた先にあるモノ。

「まぁ、お前らが堕転するってんなら、ガキ共々、俺が全部面倒を見てやるよ」

 防護壁に阻まれたままのファナリスを、風魔法でまた壁に叩きつける。激しい音にファナリスのあばら骨も何本かいったのかはわかんねぇ。少なくとも、俺がここを去る間だけ動けなければいい。
 くつくつと哂って、俺は宙に魔法のじゅうたんを広げた。






「アリ……ババさん……」

 全身に傷の痛みが走ったが、そんなこと今の私は気にならなかった。
 ベッドの上に大切な人が横たわっている。

 手首を縛られ、情事の痕が色濃く残る姿で。

 彼女が何をされたのかは、問うまでもなかった。その姿は、今朝、自分の横にあった姿と、同じだったのだから。

――また、守れなかった。

 自分の体の傷などちっとも痛くなかった。それよりも、心が痛い。彼女を守れなくて、彼女が穢された姿を見ることしかできなくて、自分の無力が悔しかった。いや、悔しいとかそんな話じゃない。呪わしかった。戦闘に強いファナリスだからと言って、肝心な時に、大切な人を何も守れなかった自分が、呪わしい。

 力なく床に崩れ落ちそうになる。
 それを止めたのは、部屋の外の気配だ。騒ぎを聞きつけて、人が集まる足音がする。
 さらなる面倒を呼び込む前に、ここを出なければならない。

「……私達の宿に、戻りましょう」

 声をかけても、深い眠りに落ちているのかアリババさんは何も反応を返さなかった。

 そんな彼女の姿を見ることしか出来ない自分が、悔しくて辛くて苦しくて。



 私はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。