ゆめとうつつと ――5B――


「……モル、ジアナ、助け、て……」

 その言葉が口から零れおちて、身体から力が抜けた。胸の奥に鉛が沈んだように、『言ってしまった』のだと俺は自覚した。
 助けを求めてしまった。つまりそれは、もう俺一人じゃ何も出来ないのだと、現状を諦めたことだった。
 俺の言葉を拾ったのか、顔を上げたジュダルの目が細められる。

「俺が前にいるってのに、他の男の名前を呼ぶなんで随分ヨユーなんじゃねーの」
「ひぁっ……」

 首筋に唇が落とされ、強く吸われる。さっきジュダルが指でなぞった、昨日の跡だ。肌を舌が這い、身体になんとも言えない刺激が走った。背が弓なりに反って、腰が勝手に浮いた気がした。

――嫌だ。こんなのっ!

 俺の、俺の意思じゃない。俺は、こんな風にいいようにされて感じたくなんかない。
 そう思っているのに、さっきから身体はビクビクと震えてばかりいる。下からはくちゅくちゅと水音が聞こえてきて、濡れているのもわかる。身体は俺の意思なんて気にせず裏切ってばかりだ。

「……あ、ァ……ぁっ! やぁっ!」

 内側に埋められたジュダルの指が、三本に増やされ奥を広げながら抜き差しされている。ジュダルがやっているのは昨晩の行為と何ら変わりないのに、痛みはなく、代わりにあるのは甘い痺れで、俺の口から洩れるのは嬌声ばかり。それが嫌だった。身体は確かにジュダルを求め始めていて、本当に自分が拒んでいるのかがわからなくなりそうで、酷く、酷く嫌だった。

「なぁ」
「……ひぅっ!」

 不意に内側から指が引き抜かれる。不意に訪れた空白に、甘く秘部が収縮するのがわかった。
 荒く息をしたまま、顔を上げたジュダルと目が合う。深紅の瞳が俺を覗きこんでいた。

「俺の名前も、呼んでくれよ」
「……誰が……呼ぶかっ!」

――なんで俺がお前の名前を呼ばなきゃならないんだ。

 恋人達がやるような睦まじい混じり合いなんかじゃない。拘束されて無理矢理されているのに、どうしてそんな相手の名前を呼ばなきゃいけない。
 不意に、これが一つだけ、今の俺でもできることだと思った。

 名前を、呼ばないこと。

 ジュダルがそれを求めるなら、俺は求めに答えない。俺の身体がどんなに俺を裏切っても、答えないことで俺の意思は確かにジュダルを拒んでいることになる、気がした。

「呼んでくれたら……優しくする」

 髪を優しくすいて、額に軽く落とされただけのキスに、返答を待つ静かな時間に。
 泣きそうな顔で俺を見ているジュダルに。
 俺は一瞬何がなんだかわからなくなった。急に言いだして、すがるような目で見られて、心がかき乱される。

 でも、俺は首を横に振った。

「そう……か。それじゃあ、仕方がねえなぁ……」

 一度うつむいたジュダルが顔を上げる。そこに浮かんでいた笑みは、いつもの――狂気をはらんだ笑みだった。
 先程のやりとりが何もなかったかのように、ジュダルは前をくつろげて自身を現した。赤黒くそり起ったそれを見たくなくて、俺は思わず顔をそむけた。

「……お前の下の口。物欲しそうにヒクついているんだぜ。わかるか?」

 外側の部分を指先で広げられて、筋肉が収縮するのがわかった。甘い痺れを感じているのも、わかりたくもなかった。そこに押し当てられた熱い塊を、その先端を、吸いつくように飲み込んだ。ジュダルの先走りと、濡れたそこがゴポリと水音を立てた。

「ヒィッァ……」
「本当に、アリババクンは淫乱だよなぁ。さっきから嫌だっていうのは口先だけじゃねえか」

 それ以上ジュダルは腰を進めなかった。代わりに先端を埋めたまま、俺の胸元に唇を落として吸いついた。空いた濡れた手で、いつの間にか固く尖がっていた胸の先を摘む。

「やぁああっ……あ……」

 身体に走った感覚に反射的に俺は腰を浮かしていた。その瞬間、下から走ったのはジュダルをさらに飲み込んでしまった痺れ。
 嬉しそうに、ジュダルがくつくつと哂い声を上げた。

「わかるか? 今、俺じゃなくて、アリババクンが、自分から腰振って俺を飲み込んだんだぜ?」
「……あ……あ」

――違う、違う、違う!

 首を横に振りたいのに、言われたことは確かに事実で。

「そんな風に誘われちゃあ……、仕方がないよなぁ?」

 ズッと。奥に熱い塊が押し込まれる。痛みは本当になくて、あるのは信じたくないほどの快楽で。
 ジュダルが自身を進める度に、ジュダル自身を包むように内壁が動く。

「やぁっ! ……い、やだぁぁっ!」
「本当にっ、良い身体してるぜ」

 ハジメテも俺が欲しかったなぁ。
 耳元でささやかれた言葉に、俺の目から涙が流れた。






 だってさ、初めても俺だったら。

「お前が孕んだ時、どっちのガキかなんて悩む必要もねえだろうしな」

 その言葉に、アリババの身体がビクリと震えた。俺も動きを止めれば、探るように俺を見上げる。

「こ、ど、も……?」

 震える言葉は俺の言ったことをちゃんと理解している証拠だ。

――ああ、良かった。ちゃんと目が覚めたな。

 俺に良いようにされるのが嫌で嫌でたまらなくて、それでも快楽に落とされた顔をアリババはさっきまでしていた。
 快楽に流されているだけの顔もいいが、やっぱりこいつは恐怖と苦しみを感じている顔じゃねえと、俺がつまんねぇ。そっちの方が犯していて気持ちが良い。

「だって、そうだろ?」

 やっているのはそうゆうことだ。この行為はその為のモノなんだから。
 中にはまだ出しちゃいねえが、そうすりゃこいつが孕む可能性だってある。
 理解を求めるように口元を歪めた。震えて青ざめるアリババとは対照的に。

「い、やだ! 嫌だ、抜いて! っあぁあっ!」

 暴れようとしたところで無駄だ。逆に自分で動いてたことで、俺を締めつけるだけだ。
 今もほら、自分から嬌声をあげてやがる。

「名前」
「え……」
「俺の名前を呼んでくれたら、考えてやる」

 そう言うなり、俺は腰を動かした。アリババの口が開く前に。
 アリババの足を高く掲げて、さらに奥へと腰を進める。急に早まった挿入にハクハクと言葉なくアリババの口が動き、理性を保っていた瞳が快楽に支配されるかのように淀んでいく。それを必死に振り払いたいのか、アリババは首を横に振った。

「……あ! ジュ……ダルッ!」
「聞こえねえなぁ」
「あぅっ! ひぃぃぁ!」

 あれだけ俺の名前を呼ぶことを拒んでいたのに。

「っふ、……くっ。ジュ、ダ……ルッ! やだっ! 抜いて! 中に出さないでぇっ!」
「まだ聞こえねえ」

 今はうわごとのように俺を呼んでいる。そのことにも気付いていないのか。

――バカだよな、こいつ。

 ドクリと、下腹部に熱がたまった。中にうずまった自身が膨張する。アリババも限界が近いのか、内壁が痙攣している。

「ぃぁっ! ……や、だぁっ! ジュダル―――っ!!」
 
 アリババが叫ぶと同時に、内壁が収縮した。その瞬間、俺も猛りを内側へと叩きつける。熱い飛沫が奥へと注ぎこんでいく。
 虚ろになったアリババの瞳から大粒の涙がこぼれていった。

「……あ……」
「悪ぃな。時間切れだ」

 俺の声が聞こえていないのか、何も反応が返ってこない。
 びくびくと中が震えている。どうやら、こいつもイったらしい。
 ずるりと腰を引けば、アリババの内股を入りきらなかった白濁が汚している。最後に出ていくその瞬間まで俺を温かく包みこんで、離さないように腰が動いていたなんて、コイツは気付いてもいねえんだろうけど。

「……。一度出しちまったなら、後はいくら出しても関係ねえよ、な?」

 真が固くなってまた頭をもたげていく。息が整わないアリババの腰を掴んで、高く上げさせる。
 その奥へと一気に腰を進めた。

「ぁあああぁあっ! ……ジュ、ダルぅっ! やぁああっ!」

――ああ、こいつは本当に。

 お前が俺の名前を呼ぶ度に、俺の心がざわついているなんて、こいつは全く気付いていないんだろうなぁ。
 口元が歪む。心の奥が満たされていく。

 

 アリババの愚かさが、愛おしかった。