モルジアナが出ていって、部屋には俺とちびっこい白龍が残された。
「……さて、と」
――どうしようかな?
モルジアナは自分で気付いているのかどうかわからないけれど、感情を押し殺しながらも白龍をしっかりと睨んでいる。最初、白龍をあやしている時はそんなことなかったってのに、全くどうしたんだよ。おかげで、白龍は完全にモルジアナのことを怖がっているぞ。
今はここにいない相手に、思わず胸中でぼやく。
「……母上?」
白龍に回している俺の手を、白龍の小さな手が心細そうにぎゅっと握ってくる。
――うっわ。やっばい。まじ、可愛い……。
あんなことがあった後の俺が思うのもどーかと思うけど、この小っさい白龍はけっこう可愛い。年は別れた時のマリアムくらいの年に見えるんだけれど、心なしか舌足らずな言葉遣いだ。その上、黒髪の隙間からくりんくりんの丸っこくて黒い瞳が、ちょっと潤みながら俺を見上げている。
いつものしかめっ面や真面目な顔をしていたり、眉間にしわを寄せている白龍からは想像もできないほど、この小さい白龍は可愛くてしょうがない。思わず頬が緩んでしまう。
不意に、その手が僅かに震えているのが伝わってきた。
「どうした? ……寒いのか?」
「……はい。寒いです」
そういえば朝ということもあってわざわざ暖炉をつけちゃいなかった。今俺達がいる街は、山間にある標高の高い場所にある街なもんだから朝は結構冷えてくる。俺やモルジアナはちゃんと服をきているから問題なかったけれど、タオル一枚じゃそうはいかないだろう。
「悪かったな。気付いてやれなくて。もうすぐモルジアナが戻ってくるから、もうちょっとの辛抱な?」
ベッドのふとんを手にとって、腕の中の白龍ごと俺は一緒にくるまった。そのままベッドの上をいそいそと場所をちょっと移動して、壁に背もたれができる楽な姿勢をとる。
「ほら。これならあったかいだろ」
「はい! 母上!」
暖かくなって嬉しいのか、覗きこんだ白龍の顔は笑顔で輝いていた。腕の中で身じろぐ白龍がくすぐったくって、俺もつられて笑った。幼くなったとはいえ自分が寒くても弱音を口にしようとしない所を見ると、やっぱりこの子供は白龍なんだなーと思ってしまう。
「なぁ、白龍。俺はお前の母親じゃないんだぞ。だから、俺は『母上』じゃない。わかるか?」
「……母上ではないのですか?」
「そーだ」
「……姉上、ですか?」
「あ、姉!? う、うーん。そっちの方が今は近いかもしんねーけど……。い、いやダメだ! 俺はアリババだ。ア・リ・バ・バ」
――こいつの頭ん中どーなってんだよ!?
いきなり母上って呼ばれた時はマジでビビった。よく考えたら、モルジアナの機嫌が悪くなり始めたのもそれくらいのような気がする。なんとかここは呼び方を改めさせたい。ちゃんといつも通りに白龍に俺を呼ばせれば、モルジアナの機嫌も多少はマシになる気がする。
「……アリババ?」
「そうだ。アリババだ。俺のことはアリババって呼ぶんだぞ」
「わかりました。……アリババ」
「……おう」
言われてから、いつもの白龍の呼び方でないことに、よくわからない照れ臭さを感じてしまう。かといって、こんな年端もいかない子供にいつもの呼び方にしろだの、今更言えることじゃない。
――まぁ、いっか。
体が温かくなってくると、意識が少しずつまどろんでくる。最近ろくに眠れなかった疲労もあって、せまりくる睡魔には抗いがたかった。視線を落とせば、白龍も眠いのかうとうとと頭が船をこぎ始めている。そのままだと頭を勢いよくどこかにぶつけそうだったもんだから、白龍をゆっくりと俺は抱え直した。すると、白龍はその頭を俺の胸に預けてきた。じっとしていると静かな寝息が聞こえてくる。
――俺も、ちょっとだけ……。
腕の中の白龍が湯たんぽみたいにとても温かくて、まぶたが自然と降りてくる。子供を抱えて眠るって、こんな感じだったのかな。母さん……。
ちなみに今のところのモルさんへのNGワードは、「白龍に子供がいたらこんな感じかな―」「こんな子供だったらほしいかもしんない」(byアリババ)です。