どんどん積み重なっていく間違い ――3――


 予想以上に服を手にいれるのに時間がかかってしまった。

「アリババさん! ただいま戻り……まし……」

 扉を開けた視線の先では、布団にくるまってベッドボードに背をもたれさせたアリババさんが寝息を立てていた。自分が焦っていたとはいえ、部屋の中の状況も省みず大きな声と共に戸を開けてしまったことをちょっと恥じた。

――疲れているのも無理はないな。

 本来なら次の街まで道が長いこともあって、ここで軽く連泊をして疲れを癒すはずだったのだから。
 と、アリババさんの周囲を見回して、部屋にいるはずの白龍さんを探す。が、見つからない。アリババさんの無防備な寝顔に頬が勝手にゆるんでいたのだけど、彼女の腕の中にわずかに動くものを見つけて私は固まった。

――……アリババさんが布団にくるまっているなんて、珍しいなぁ。とは思っていましたよ。

 彼女の顔と布団の隙間に見え隠れしているのは、見慣れた黒髪だった。
 離れていれば大分収まった白龍さんに対する嫉妬も、実際に彼を目にしてしまうとまたこれが胸を焼く。手にしているこの街でようやく見つけた子供服が何か音をたてた気がした。

「……う、……ん……」

 アリババさんの口から洩れたちょっと甘い吐息に思考が止まりそうになる。
 そして、気付いた。小さな白龍さんの頭の位置。それはアリババさんの胸の所だ。本人に意志があるのかはわからないが、アラジンほどあからさまではないものの、彼は時々アリババさんにすりよるように身じろいでいる。
 また、アリババさんの口から悩ましげな声が漏れたのを聞いて、私は即座に行動に移した。

 静かにアリババさんを起こして、すぐさま白龍さんに買ってきた服を着せたのは言うまでもない。眠気まなこをさするアリババさんには、罪悪感から胸がちょっと痛んだ。

――でも、仕方がなかったんです。

 白龍さんが風邪をひかないよう、一刻も早く服を着せる必要があったんだ。と、心の中で自分に言い聞かせた。決して自分の行動が八割方嫉妬に支配されているなんてそんなことはない。自分が幼くなってしまったら、是非あのポジションに。なんてことは欠片も考えていないんですから。

「おー。似合う似合う。昔、絵で見た黄牙の衣服に似ているな」

 服を着た白龍を前に嬉しそうにアリババさんが笑っている。用意した靴は白龍さんにとってちょっとサイズが大きくなってしまったが、この際贅沢は言ってられない。小さくなかっただけましかもしれない。

「たまたま行商で、黄牙民族の布や衣服を売っている人に会ったんですよ。この街、服を扱っている店はなくって。布や、糸を扱っているお店はあるのですが……。本当に運が良かったです」
「マジか!? 本当に運が良かったんだなー」

――ええ、全く。本当に。

 アリババさんの言葉に、私は心の中で全力で頷いていた。
 ずっとタオル一枚しか巻いていない状態で、ずっと彼がアリババさんと布団の中とか、想像しただけで頭が痛かった。その上で、何かのはずみで白龍さんが元に戻ったら? 裸の彼がアリババさんの隣にいて布団の中とか、その現場をもし目撃しようものなら、私は自分を抑えられる自信はこれっぽっちもありませんよ。事が収まったのに掘り起こして第二ラウンドとかどうゆうことかと――。

「ようやく飯が食いに行けるな。俺もう腹ぺこぺこ。白龍もおなか空いたよなー」
「はい。お腹が空いてます」
「モルジアナも行くだろ。よし! 行くぞ、白龍!」

 差し出されたアリババさんの手を。

「はい。アリババ!」

 勢いよく返事した白龍さんが握ってはにかんだ。

「……え?」

 一瞬聞き間違えたかと私は耳を疑った。私の戸惑った声に、二人が首をかしげながら振り返っている。
 軽い動揺を覚えながら、私は先程の軽い衝撃をなんとか口にした。

「今……白龍さん、なんて言いましたか? 私がここを出る前は、彼は何故かアリババさんを『母上』と呼んでいた気がするんですが」

 記憶間違いじゃなければそうだ。そんなことを言いながら、白龍さんはアリババさんに甘えていたのだから間違いない。

「ああ。俺が母上ってのはやっぱりおかしいだろ。だから、モルジアナが出かけている間になんとか直したんだよ。まぁ、実際の白龍の呼び方とはちょっと違うけど」

――結構な違いだと思います。

 敬称を省いて相手を呼ぶのって、普段から敬称付で呼んでいる側としてはかなりのハードルだと、私は自覚している。二人っきりになった時くらい、アリババさんのことをそのままの名前で呼んでみたいと思っているのに、緊張して私はちっとも呼べないんですから。

「母上は違うって言うと、姉上って言いだしたりとか……。ま、話は後だ、後! まずご飯だ!」

 白龍さんの手を取って上機嫌で部屋を出ていくアリババさん。その姿を眺めて、長い溜息が私の口から洩れた。

 

 

 きっと今の彼女の頭の中には、哀しいくらいご飯のことしかないんだろう。






-----余談な設定-----

余談な設定ですが、白龍がやらかしたことの被害者ランキングは、一位アリババ、二位モルさん、三位ジュダル。となっております。
果たしてこの設定は生かせるんだろうか……。