I thought you would change. ――3――


 何も声がしなくなり、近づきすっかり涙に濡れた目隠しを外した。固く閉じられたまぶたは頬を叩いてもピクリとも動かなかった。アリババ殿の目が覚めないのを認めて、男達に金を払って下がらせた。手首を縛っていた首紐を解いてやれば、力なく重力のままに彼の手がベッドに沈んだ。
 アリババ殿の手首に残る赤黒い痕に、口元が歪む。衣服は全てはぎとられ、彼は裸体のまま寝台に横たわっていた。彼の内股と腹は白濁で汚れ、白い体には性感帯を狙うように赤い花が咲いているようだった。彼の意識がある時は体中に残された痕と同じくらい体を真っ赤に染めて、甘い声で善がっていた。

「こんなに汚れてしまって――。このまま組織に引き渡してもいいのですが」

 頬に手を添えて、その柔らかい感触を楽しむように触れた。頬に残る涙の跡が僅かにかさついている。閉じられたままの目蓋は涙を流し続けたため赤く腫れている。目蓋の上をそっと触れながら思った。早く目を覚まして欲しいと。

――あなたが絶望したかを確かめないと。

 俺を憎んで恨むアリババ殿の姿が見れないと意味がない。組織に引き渡すとしてもその後だ。

「もっと愉しんでくださいね」

 もっともっと苦しんで黒く染まって欲しい。本当に早く目を覚ましてくれないだろうか。
 人を思いやる優しい琥珀色の瞳が、憎しみに染まっていく様を早く俺に見せて欲しい。

 

 ランプもない薄暗い天井。霞みがかった意識のままぼんやりと目を開けると、何もない薄暗い天井が目に入った。
 部屋の暗さにまだ夜なのかと、目蓋が下がってくる。そのまま寝がえりをうとうとして、体中に走った激痛と共に意識がはっきりした。

「……っ!」

 下の方から体中に走った痛みに、背中で嫌な汗が流れた。体は倦怠感に包まれていた。意識ははっきりしたものの体は重い。手でも足でも少しでも動かそうとすると、全身が酷い筋肉痛に苛まれているように痛む。痛みを感じない所なんてないくらいだ。その上、下の――奥まった所には異物が詰まっていた感覚が強く残っていた。
 その時になってようやく、俺は思い出した。シーツを被せられただけの、衣をまとわない体。

「……うぁ…、くぅ……っ!」

 痛みに耐えながらゆっくりと体を起こした。天井近くの小窓にしか光源のない薄暗い部屋。ここに連れてこられ身に起こったことが脳裏によみがえった。

――なん、で……っ。

 思い出して震える体を両腕で強く抱きしめた。速くなる呼吸を意識してゆっくりと吐こうとする。
 記憶は所々がとんでいた。痛みが長く続いた部分か、快楽を与え続けられた部分か。その飛んでいる部分は思いだそうとも思わない。いっそ全てが夢なら良かったのだけれど、体中の痛みがそうではないのを如実に物語っていた。

「…………あ」

 どろりと、後ろの方で内側から出てきたものがあった。緩んだ窄まりから出てきたそれは、シーツの上を汚していた。表面上は清められていても内側は何も処理されなかったらしい。
 情けなさに奥歯が音を立てた。自室思想になる己を何とか引き留め、俺は改めて辺りを見回した。

――落ち込むのは後からでもできる。

 胸の内に湧いた憤りも、疑問も全て今は押し殺す。薄暗い部屋にあるのは、俺が寝ていたベッドと椅子がそれぞれ一つずつ。窓はさっき確認した天井近くの小さい窓が一つ。部屋はそれなりに広かった。もう一つくらいベッドを入れても余裕があるくらいだった。部屋の入口はベッドから一番遠い部屋の隅にあった。
 地面に俺の服や荷物は見当たらなかった。ため息をついて顔を上げると壁に何かが掛けられていることに気付いた。

 アモンの剣だった。

 上にかけられていたシーツで体をくるんで、重い体を引きずった。壁にかけられているのは間違いなくアモンの剣だった。何故そこに掛けられているのか。俺は疑問に思う余裕もなく、剣へと手を伸ばしていた。
 不意に足が何かにつまずいてつんのめった。何だ? シーツでもふんじまったか?
 何に足を取られたのかと視線を落とした次の瞬間、真横から襲ってきた衝撃に俺は受け身も取れず床に転がった。

「ぐぅっ!!」

 そのまま壁にぶつかって痛みに一瞬気が遠くなる。元々体が動かせないくらい痛いのにそこを横殴りに殴られたようなもんだった。息が詰まって額に脂汗が滲んだ。苦しい中すぐに身を起こそうとしたのは師匠の訓練のたまものかもしれない。けれども身を起こす前に、足に冷たいザラザラとした感触のモノが巻きついてきた。
 その時になって俺はつまずいたものがなんだったのかに気付く。ベッドの下と、空いていた小窓から侵入してくるツタ状の何か。生き物というよりは迷宮生物のようなこの世の理を外れた化け物だった。

――まさか、こいつら!?

 しかも、一度だけ見覚えがあった。こいつらは、魔装化した白龍が操っていた気味の悪い化け物と同じだった。
 喉の奥で悲鳴が上がる。俺が躓いたのも足に巻きついてきたのもベッドの下にいたその化け物から生えているツタだった。足首に縛りついたそれを縛られていない方の足でけり上げるも、軟体動物のようにグニリと鈍い音がしてツタが曲がっただけだった。自由だった足もそのままツタに絡めとられる。
 身を起こして手で外そうとしても強い力で巻きついていて取れそうにもない。取るには剣のように鋭い刃物が必要だった。それはすぐ目の前にあるというのに手が届かない。


 俺がツタを外そうとしている間も、俺を元の場所――ベッドの所に戻すように、ツタはずるずると強い力で俺を引っ張っていた。