一つのおしまい
光がはじけた。
闇の中で輝いていた賢者の石は、今までため込んできた光を解放したかのようにこの小さな部屋を光で埋め尽くす。あまりに光が強いので、もう一人のリレ―私にはできなかった賢者の石を砕いたリレ――の姿も見えない。たぶん、あっちも同じような状況だろう。
――終わった。長い、長い時間の牢獄が……。
暖かな光に包まれる中、私は足の先から感覚がなくなっていることに気付いた。見れば、その時が来たことを理解した。少しずつ、この光の中で少しずつそれでも確かに体が消えていっている。
何度泣いたことだろう。
何度恨んだことだろう。
何度胸をときめかせただろうか。
消えゆく中で、私はそれまでの長い長い時間を思い返した。何とかしようと動いていた時間に比べて、賢者の石につなぎ止められてからの時間の方が長いはずなのに思い出すのは、何度も繰り返していた五日間だった。いつも落ち着きがなくどうにか結末を変えようと必死で、私が覚えている五日間は、毎日が走り続けているようであっという間に過ぎていっていた。
私の魔法学校の生徒たち――アマレット、バディド、マルガリタ、ハイラムさん。
みんなが秘めていた秘密や違う一面を見せられるたびに驚いて、戸惑った。秘密が明らかになっても、その明らかになった過程も秘密を明かされた事実も時間が巻きもどれば消えてしまう。時が繰り返えせば繰り返した分だけ私だけがみんなの秘密も抱え込んだ。誰にも打ち明けられずに苦しかった。たとえ誰かと、この苦しみを共有しても五日が過ぎれば元に戻ってしまうのだから。
みんなが私を忘れてしまうことが哀しくて、時には何も知らない彼らにやつ当たりをしてしまった。そして、自分の浅はかさが哀しくなって、後で懺悔もした。その事実も時間が巻きもどれば消えてしまう。
――それでも誰かと会えている間は幸せだった。
賢者の石を砕くことに失敗して、あの部屋につなぎ止められるようになってからだった。声が届かなくなってこんなにも伝えたい言葉があったということに気付いたのは。
謝りたくても謝れない。
話したくても話せない。
手も声も届かないものがあることを知った。
一人でもう一人の自分を見つめながら、彼がどんな風に私に話しかけていたのかに気付いた。いつも呆れて目をつむったり、恥ずかしくて目を逸らしたりしていたから気付かなかった。気付いた時にはもうその想いをどうすることもできなかったけれど。
もう一人の自分。賢者の石を通して見る風景。
――残酷な時の牢獄……。それももうおしまい。
不安、後悔、迷いも、ありとあらゆる感情が光の中に溶けていった。
――私は約束を果たせなかったけれど、『リレ』は約束を果たしたわよ。
心の中で、決して声が届かない彼にそっと呟いた。
――…そして、できれば私を忘れないでほしい…。
傲慢な願いだとわかっていても、私はそう願わずにはいられなかった。
もう一人のリレの体は消え、小さな光となった。小さな光は、賢者の石が放つ光には解けず、眩しさに目をつむっているリレの元へと飛んだ。リレの周りを一巡すると、あらかじめ決められていた掟に従ってリレの中へと溶け込んだ。
時を巻き戻せば、魂が分かれ、存在があいまいになるという副作用が起きる。その歪みが正された今、魂はまた元の一つへと戻っていった。安息とはまだほど遠いが、『リレ』の役目はここに終わったのである。