終わりの始まり

――長い道のりだった。




 魔王ガルバドスが施した魔法陣をすべて破壊して、私は奥に隠されていた重い鉄製の扉を開いた。ここにくるまでどれくらいの時間が過ぎただろう。私だけが繰り返して積み重ねていった時間が。

 扉の先にいたのは、私。年を重ねていったもう一人の私だった。私が時の輪廻の中にいるためにどこかで分かれてしまったもう一人のリレだった。そのリレを前にして、私は何度もここに来たことを思い出した。いや、正確には今の私じゃない。リレという魂に刻まれた記憶。扉を開く瞬間、私は自分に刻まれた記憶の一部を思い出して、その先に誰がいるかを私は知っていた。

 もう一人のリレは残された時間で自分のことを語った。いつからか繰り返していたのか分からないほどの長い時間、私は、いや『リレ』はこの五日間を繰り返していた。何が始まりかはわからない。どうしてこんな風に繰り返してしまうようになってしまったのかも、どうして悲劇が起こるようにしくまれていたのかも。ただ、原因だけははっきりとわかっていた。

――賢者の石。

 塔の誰もが探していた賢者の石が、皮肉にも私達をこの五日間に閉じ込めていたなんて誰が思っただろう。たぶん、ここに取り残された私以外は誰もが忘れてしまっていた事実だった。不可能を可能にすると言われる強大な魔力が、それを作り出した賢者たちも気付かない歪んだ世界を生み出していた。その存在を打ち消すことでしか、この状況は打破できない。

五日目の鐘が鳴り始める。

鐘が鳴り終えるまでもう残された時間はなかった。自分に残されているありったけの魔力を杖に込めて、賢者の石に向き直る。何も手出しができなくなったもう一人のリレも固唾を飲んで私を見守る。

塔の地下に隠された秘密の小部屋の中で、暗闇の中で虹色に輝く賢者の石。

私は、すべての元凶に向かって杖を振り下ろした。

その瞬間、部屋いっぱいに光が満ちた。賢者の石の力と私の魔力の激しいぶつかり合い。予想以上の力の本流に目を見張った。

――賢者の石も壊されないように必死なの!?

杖が押し戻されそうになって、必死になって足を踏ん張った。ここまで来たのに、こんな形で終わるなんて嫌だった。約束もしたのに果たせないまま終わるなんて。

――六日目の朝を今度こそ私は迎えるのよ!

そして、光がはじけた。

 

 

「うそ……」

気付いたら私は床に横たわっていた。背中がずきずき痛む。でも、そんなことが気にならないほどに、周りの静けさにぞっと身を震わせた。目の前に燦然と輝く光が部屋を照らしていた。

「なんで……どうして……? 私には力が足りなかったの? 資格がなかったの?」

扉は閉じていた。鐘はもうなっていない。顔を上げた先には祭壇の上で光り輝く賢者の石が収められていた。何事もなかったかのように。少しは傷がついているのかもしれないが、それは重要なことではない。一番重要なのは――。

「砕けなかった……」

私は呆然とつぶやいた。

――まだ言っていないことがあるの…。

「え?」

声がどこからともなく聞こえてきた。振り返って探してみても、先ほどまで一緒だったもう一人の私がいない。

――私が来たとき、ここにいたリレは腰の曲がったおばあさんだったわ。

「そ、そんな……」

姿を探しながら私は言葉を返した。その意味をすぐに理解して胃がひどく冷えた。私は自分でも気付かないほどの時間を知らない内に繰り返している。それも何十年と…、いや、何百年かもしれない。

――哀しいけど、これが現実なのね。ほら見てみなさい。また、始まったわ。

声に導かれて振り返ると壺の鏡面に、向こう側の様子が映っていた。

――次のリレ……が……。

姿がもうすでに見えなくなっているもう一人の私。声だけが消えながらも残っていたのだ。そう、彼女は消えてしまったのだ。もう。




全く同じ会話だった。

最初は何が映っていのか分からなかったけれど、鏡の中で交わされる話の内容ですぐに気付いた。ずいぶん、繰り返したんだもの。忘れるはずがない。

鏡にうつされたのは、私の姿だった。

自分の回想を見ている。そんな感覚だった。夢だと思いたかった。

私が体験したことを新しく時の輪に取り込まれたもう一人のリレも体験している。いえ、当然ね。「私」なのだから。

二日目の授業の後だった。私は、ハイラムさんとバディドが口論している場所を通りかかってしまう。この時のハイラムさんはとても機嫌が悪そうだった。バディドの言い方も良くないのだけれど、この日に起きたことを考えると、バディドの機嫌が悪いのも納得がいった。
研究室でのキメラの暴走があった日だからだ。この日の事件には、オパールネラ先生は関係していなかったと思うけれど、あんな事件が起きて機嫌がいいはずもないわよね。

一連の会話が過ぎて、ハイラムさんは去っていった。残されたのは、リレとバディド。
バディドは何を思ったのかまじまじとリレを見つめていた。

「お前さ……俺とどこかで会っていないか? ……そんなはずはないな、忘れてくれ」

――……覚えて、いるの?

彼はすぐに前言を撤回すると、去って行ってしまった。そうだった。こう言っていたのかもしれない。なのに私は……。

いつだかの夜に言ってくれた言葉。私は信じることもしなかった。無理だとあきらめていた。他の人は頼れない。だから、一人ですべてをやらなくてはならない。そう思っていた。でも、違ったんだ。

――彼が約束を守ったなら、私だって約束を守らなきゃいけなかったのに。

胸に刺さる思いだった。後悔なのか、感動なのかは分からない。

ただ一つ、はっきりしていることは、どんな思いを私が持とうと、会うことも、声すら届けることも今となっては叶わないということだった。