ゆめとうつつと ――4――


 「……う」

 まぶたをゆっくりと開いて、まず目にしたのは白い天井だった。首を横に動かせば薄暗い部屋の小さな小窓が見える。
 空の色は少し赤みがかっていた。
 体を動かそうとして、頭上で手が固定され動かせないことに俺は気付いた。引っ張ればそれはジャラリと音を立てる。鎖の音だ。
 意識がハッキリして行くに従って、状況が俺にも呑み込めてきた。記憶を失う前のやりとりも、思い出した。

「っ! ……くそっ!」

 動かない手の鎖を何とか外そうと俺はもがいた。拘束されているのは手だけだった。他にこの部屋には誰もいない。つまり今の内に外すしかない。手首がどんなに痛もうと気にする余裕なんて俺にはなかった。

――早く逃げねぇと! 逃げないと俺はっ!

 ガチャリと部屋に一つしかない扉が音を立てて開けられた。
 最悪を想像して、体が震えそうになる。

「お。目、覚めたな?」

 愉しそうに上がった声に、体が震えた。間に合わなかった。それでも、俺は鎖を引きちぎろうとする手を止めなかった。ジュダルに目を向けず、力任せに腕を引いた。

「おいおい。そんなことしたら、手が痛むだろ」

 気遣うような言葉を吐きながらも、視界にとらえたジュダルの口元には歪んだ笑みが浮かべられている。鎖が鳴らす音の合間に、コトリと近くの棚に何かが置かれる音がした。
 そして、暴れる俺の手を押さえこむように、上からジュダルの手がかかる。ベッドが二人分の体重を受けてきしんだ。

「今更、逃げられるとでも思ってんの?」
「っ離せ!」
「離せって言われて離すバカがいる訳ねーじゃん。でも、安心しな? 手首の拘束は外さねーけど、鎖の方は外してやるからよ」
「?」

――どうゆう意味だ?

 ジュダルの言わんとすることがわからず、不審に思ってジュダルの表情を見上げた。

「条件が同じじゃねえと面白くねえからな」

 即座に足で蹴飛ばそうとすれば、上から体重をかけて押さえこまれた。言いたいことは嫌というほど十分にわかった。昨日の晩と同じ――ということだろう。

「ふっざけんな! 何が同じだ! 人をコケにするのもいい加減にしろよ!」
「こんなもん遊び、だろ? ゲームは条件が一緒じゃねえとつまんねえじゃん」

 手首を押さえていた手が滑って、俺のあごにかけられた。口の中に指を潜り込ますようにして、無理やり口を開かせられる。その目の前で瓶が傾けられた。

「かといって、条件が全く同じじゃお前もつまんねーだろ」
「ん――――――っ!?」

 ぬるりとした高度数の酒のような液体。それが固定された俺の口の中に入ってきた。
 それが入った途端、今度は口を閉じさせられる。鼻もつままれた。

「アリババクンはさ。痛いのよりも、キモチイイ方が嫌だろ? 俺なんかに犯されて気持ち良くなったりしたら自分のことが許せなくなるタイプだよな? ま、折角だし、連れの野郎と俺とでどっちがイイか試してみようぜ」

 遊ばれているのだと、否応なしに理解してしまう。
 飲んでは駄目だとわかっているのに、喉が息苦しさにコクリとそれを飲み込んだ。
 視界に涙があふれていく。口を押さえていたジュダルの手がゆっくりと離された。

「煙とかでもいーんだけどよ、それだと俺も吸っちまうしな」

 手首がまた押さえられ、上の方で手枷に繋がれていた鎖が外されたらしい。カチャリと音がした。
 押さえられているせいで手を動かすことは相変わらず叶わないが。

「何を……飲ませた……?」

 度数の高いアルコールを飲んだ時と同じように、身体の奥が火照ってくる。違うのは、下半身だった。下が熱く濡れ始めたのを感じて、悔しさから視界が滲んでいく。

――嫌だ。いやだいやだいやだ!

 ジュダルの答えを聞かずともどんな類のものかはわかってしまった。

「……もうわかってんじゃねえの?」

 首筋を触れられて、俺の意思とは関係なく身体がビクリとはねた。






 服に手がかけられ脱がされていく。肌の上を滑る手の感触が嫌でしかたがないのに、甘い痺れが体中に走っていく。薬のせいだとはわかっていても俺は声だけは上げたくなかった。いいようにされて感じている声なんて。下唇を噛んで、必死に俺は声を押さえた。

「感じてんだろ。声、押さえんなよ」
「……っ」

 体が震えているのはジュダルもわかっていることだ。声を押さえることだって、向こうから見たら抵抗にもなっていないんだろう。だからといって、従順になるのかと言われれば、それは嫌だった。

「は。昨日は大分がっつかれたんだな」

 紅い瞳が首から下を見て哂う。

「ここと」

 衣服をはぎとりながら、指がなぞっていく。のこされた跡を。

「ここと、ここと、ここにも、なぁ。っくく。なんだよ、その目。本当はアリババクンも楽しんでいたんだろ?」

 衣服がはぎとられ、空気の冷たさに身がすくむ。それなのに、身体は熱くて仕方がなくて、俺の意識もその熱に持って行かれそうになる。身体の熱さと、肌に触れられるだけで走る快楽に、意識は朦朧になりそうになる。

「ああ、そうだ」
――何、を?

 思い出したようにジュダルが呟いて、俺を押さえていた手が不意に離れた。

「こっちにもキモチヨクなれるまじないをしとかねえとな」

 どろりと冷たい液体が、腹の下に垂らされた。冷たい感触に息をのんだ。液体は肌に触れたそばからあぶるような熱をもたらしていく。
 肌に落ちたそれをジュダルの手がすくい、さらに下へ、奥へと塗り込んでいく。

「ィアっ! ア――――ッ!」

 奥まった所に手が塗り込んだ瞬間、一瞬俺の頭が真っ白になった。元々、薬を飲まされてから刺激を待ち望んでいたように熱くなっていた場所だった。触れられ、指が潜り込み、奥の内壁を擦る度に、身体がビクビクと痙攣した。そこに液体が塗りたくられ、さらにあぶるような熱を帯びていく。触れるだけで快楽に身体が震えてしまう。
 俺の反応に気を良くしたのか、ジュダルは奥へ潜り込ませる指を増やして、内側をことさらにいじった。一度開いてしまった口はもう閉じることはできない。






「……モル、ジアナ……」

 どうしてかこんな時だって言うのに、脳裏に浮かんだのは、夕焼けに照らされた大地のような赤さをまとった青年だった。彼と十分な言葉を交わせなかったことが、どうしようもなく、哀しかった。

――ごめん、ごめん。モルジアナ。

 どうして彼に謝るのか、何を謝っているのか。胸中で呟いている自分でもわからなかった。