どんどん積み重なっていく間違い ――5――


 朝食はすぐに切り上げた。自分がのしたモルジアナをそのまま放っておくわけにもいかず、俺は気を失ってぐったりしたモルジアナを担いで部屋に戻った。俺が手を出したんだけど、正直あそこまで綺麗に入るとは思っていなかったんだよなぁ。普段のモルジアナだったら不意打ちでも反射でよけそうなもんなのに。

――大体なんだよ。誰が誰の子供を産みたいとか、勝手に決めんなっつーの。

 そりゃ、あんなことがあった後に子供が欲しいだの言った俺が無神経で悪かったとは思うけど。……い、いや、相当悪いか。モルジアナも負い目感じまくりだったし……。モヤモヤとした胸にわだかまる気持ちはモルジアナの眼が覚めるまで晴れることはないんだろうなぁ、と静かに眠っているモルジアナの端正な横顔を眺めてため息が出た。

「……モルジアナのばーか」

 呟いて俺が殴って赤く腫れた顎に絞った冷たいタオルをあてた。

「僕が何か悪いことをしたのでしょうか?」

 ぽつりと。俺の隣で白龍が呟いた。心配そうにベッドに沈んでいるモルジアナを覗きこんでいる。

「……そうだな。飯も食べたんだし、白龍にもちゃんと説明しないとな。話、聞いてくれるか?」

 理解してくれるだろうかと、ハラハラしつつ俺は話をした。白龍はだまって俺の話を聞いていた。
 まずは、白龍は本来なら俺達と同じくらいの年だということ。魔法か何かで今みたいに幼くなって記憶も失っているということ。原因はさっぱりわからないこと。
 ここまで話して、ちらりと白龍の様子をうかがった。白龍自身、話されるとおもっていたことが予想としていたのと違ったのかポカンと口を開けている。

「白龍? 大丈夫か、白龍〜?」
「……そんなことって、あるのですか?」
「うーん。そうなんだよ、なぁ。信じらんないのもわかるよ。どうしてそうなったのか原因は俺達にはわからない。どうにかして元に戻してやりたいんだけどな」
「でも、少しだけわかる気がします」
「ん?」
「僕、母う……いえ、アリババの近くにいるとすごく安心できるんです。アリババと一緒なら大丈夫だって気がします。僕はあなたのことを何も知らないはずなのに。どうしてなんだろうって、ずっと不思議でした」
「そ、そう……なのか?」
「はい。きっと、あなたが優しい方だって僕はわかっていたんですね」

 上目遣いで大きな黒い瞳が俺を見つめている。作り笑いじゃない、素直な笑顔に庇護欲がかきたてられて、思わず抱きしめたい衝動にかられる。この可愛さは反則だろ!?

――いやいや、ここは我慢しねえと……。

 じゃないと、モルジアナをますます怒らせちゃいそうだ。あのことでモルジアナは白龍と完全に和解してないし、目を回す前のモルジアナのイライラは多分俺の行動のせいだ。つい、ちっこい白龍が可愛くてかまってばっかで、その間のモルジアナの気持ちは置いてけぼりにしていた。彼が何か思いつめてそうだとわかったいたのに。

「……でも、この人は僕に怒ってました。僕は何をしてしまったんですか?」
「う。そ、それは…………………ケンカ、してたんだよ」

 ケンカというより殺し合いの方が近い意味あいだったんだけどな。と続けて出そうになった言葉は呑み込んでおく。
 ここからが一番どう説明したらいいか悩んでいた所だ。そもそもこんなに小さい子供に話せるような内容じゃない。かいつまみつつ、オブラートに思いっきり何重にも包んであの事を俺は白龍に説明した。
 俺達は知り合いで、迷宮を一緒に攻略した仲間だったってこと。けれども、周囲の状況の変化や行き違いで対立して、白龍の手で俺が大怪我――ということにしておく――をして、そのことでモルジアナがまだ白龍のことをまだ許し切れていないということ。

――まぁ、こんなところだよな。

 本当はもっとややこしくて頭を抱えたくなるようなもんだけれど。
 ただ、そのオブラートに包まれた説明でも、それなりにショックはあったようで。

 白龍は震えていた。

 迷宮を一緒に攻略した辺りは顔を輝かせて嬉しそうに聞いていたのに、対立して俺が怪我した辺りになると顔が青くなっていった。

――そりゃそうだよな。

 白龍からしてみれば今の自分は敵陣営にいて、かつその相手に危害を加えているってことだ。知らされた事実は白龍自身の置かれた立場が危ういものだって知らされたようなもんだ。顔が青くなるのも無理はない。

「そんなことを……僕がしてしまったんですか?」
「う、うん……。そう、なんだよなぁ。あ、でも、今の白龍がそんなに気にすることはないんだぞ。お前は何もしていないんだから。それにその事で俺はお前を恨んでどうこうしようって気持ちはないから心配しなくても」
「でも、僕がやったんですよね。それなのに僕……」

 目を潤ませて今にも泣きだしそうだ。

――そっか、こいつ。

 どうも勘違いしてたみたいだ。白龍は自分の身のことじゃなくて、俺のことを――。

「大丈夫だって。ケンカしたって仲直りすればいいんだ。俺はお前を見捨てない。ちゃんと元にだって戻してやる。だから、安心しろって」
「……ごめんなさい」
「今の白龍が謝ることじゃないんだよ」
「でも……、ごめんなさい」

 やっぱりほっとけないな。
 手を伸ばすと白龍の肩が震えた。その頭に手をのっけて撫でてやると窺うように俺を見上げている。その瞳は真っ直ぐに俺の目を見据えている。
 責任感が小さい頃からも強そうで、人一倍自分を責めちゃいないか心配だ。そもそも、自分が覚えていないってのに人に言われただけで信じ込むってのは危ないと思うぞ。

「なぁ白龍。俺が言うのもなんだけど、お前何も覚えていないんだろ。俺の言ったことを鵜呑みにして、お前が責任を感じる必要はないんだぞ」
「アリババはウソを言ってません。僕があなたに迷惑をかけたんでしょう。それくらいわかります」
「あ、いや、そうなんだけれど……」

 がしがしと頭を掻いた。

 そうだった。
 こいつ面倒な奴だった。
 一度決めたら梃子でも曲がらないくらい面倒な奴だった。

 

「とりあえずモルジアナと仲直りするか」

 それがスタートだ。それから話しあって解決方法をみんなで探そう。そう決めた。