錬金術師の悪夢
リレとガンメルが残っている部屋を後ろにして、俺はいくつもの錬金術の魔法陣をひいた。慣れた動きですばやく生成道具を組み立てているもののその表情は硬かった。
――1人だけ時間を遡るなんて、どんな気持ちなんだろうか。
まずはじめに魔法陣ラボラトリで呼び出した施設からブロッブを生成すると、近くのクリスタルから必要になるマナを取り出すよう俺は命令を下した。マナを搾取する準備の間、手が空いているブロッブ達には付近へのガーゴイルの設置を命令する。錬金術特有の金属音が、夜を迎え静まり返った銀の星体の塔に響き渡った。
描き終えた新しい魔法陣キメラスポウンから新しい施設を呼び出すわずかな時間に、俺はリレが秘密を打ち明けてくれた時のことを思い返していた。あの時は、リレの話を納得するだけで精一杯だったけれど、あの時のリレの表情は忘れることができなかった。真剣で疑いの余地を入れることができない。そんな表情だった。すぐに信じてしまったのもその表情だったからだろう。
――多分、俺には理解できない。
その時、リレの眼は知っている眼だったように思う。俺がリレの話を聞いて、どうゆう反応をするのか、どう俺が答えるのかを知っている眼。今思えば、あれは俺がどんな風に死んだかを知っている眼でもあったのかもしれない。俺だけじゃない。他の先生たちやマルガリタ…、ハイラム…、アマレット。繰り返される悲劇が生み出す絶望なんて俺には想像もつかなかった。
『ねぇ、知ってる?』
あの時、本当は胃の底が急に冷えたような気分だった。リレの言っていたことは本当になった。俺もこの後にすぐ殺されるのかもしれない。それでも、リレと同じように崩れずに済んだのは、その未来が想像もつかないからかもしれない。今は俺よりも、いや、誰よりもリレが辛そうだった。理解してしまってもわからない振りをしている方が、少しでも元気づけられるならと俺はただ強がっていただけだった。その上、自分にはできないからと、リレに勝手な約束まで取り付ける。かっこ悪さにもほどがある、自分が、情けなかった。
音を立てながら、キメラ生成用の施設が魔法陣から浮かび上がってきた。
手は正確にキメラの生成術を紡いでいる。原料の蒸留に調合とやることは多く、またどれも精密な作業だ。生成まであと一歩というところで手を止めて顔を上げた。キメラは生成した瞬間から生命が始まるが、強大な力を振るえる分極端に寿命も短い。まだ悪魔の姿すら見えていないのだから、早く生成した所で無駄にマナを消費するだけだった。
――鐘が鳴るまで、あと半刻くらいか?
普段はそんなことを考えて渡り廊下の外を見上げることなんてしなかったが、この時ばかりは時間が気になった。
魔王ガルバドスを倒すことができなくても、それまで持ちこたえれば倒れたガンメル先生も目を覚ましてくれるかもしれない。そうすれば、あいつらだけでも塔の外に脱出できるはずだ。
――脱出? 何を考えているんだ、俺は?
自嘲気味に口元が歪んだ。言葉では理解していても結局頭の奥底では納得できていないらしい。時間が繰り返しているというリレが陥っている状況を。繰り返す方と、繰り返さない方。どっちの方が楽かは深く考えなくてもわかった。
――リレが失望するわけだ。
あの時の暗い瞳が脳裏に浮かんだ。運命を呪い、自分自身の無力を嘆き、世界に絶望した深い哀しみを宿した瞳だった。抱きしめることも手を伸ばすこともできなかった。あの場所から動かすこともできなかった。
――俺には何もできない。
リレを忘れないことすらできない。それが苛立たしく、悔しかった。
離れた場所でガーゴイルが自己防衛機能を起動させる音が響いた。気を引き締めて、キメラの調合を完成させる。巨大な躯体が実験器具の間から姿を現す。命令を下すと、強い生物同士を調合した奇態な生き物は奇声を上げて、群がる悪魔へと向かっていった。
――たった一度だけだっていい。一度だけでも、覚えておくことができれば――。
そして、五日目の鐘が鳴った。